皆さん、ギロチンはご存知だろうか?フランス発祥の、首をスパッと切る処刑装置のことである。
世界史に強い人ならこの装置について、ルイ16世あたりだとか、マリー・アントワネットあたりの年代で使われていたというイメージがあるだろう。その通り、ギロチンは1792年から議会で正式に処刑装置として認められ、そこから使われていたのだ。
ちなみに私は正直知らなかったことだが、第二次世界大戦前、1939年にはまだ使われていたらしい。私は第一次世界大戦頃には既に使われなくなっていたものと勝手に思っていた…
この「1939年にはまだ使われていた」というのは、1939年6月17日に行われたオイゲン・ヴァイトマン(Eugen Weidmann)の死刑執行があってのことで、これは「最後の公開処刑」であったという(最後の「使用」ではない)。つまりこれ以後もギロチンは使われていたことは使われていたが、市民がこの光景を見られるのはこれが最後だったという。いや、公開処刑自体想定以上に最近のことだったんだなと、これだけでもびっくりなのだが…
では、ギロチンの最後の使用はいつだったのか。この記事を読みながら予想をしていた人もそうでない人も、そろそろ正解発表といこう。正解は…
1977年である。1977年9月10日、この日にハミダ・ジャンドゥビに対して行われた処刑にて使用されたとのこと。
1970年代…映画で言えばジョーズ、悪魔のいけにえ(テキサスチェーンソー)、エクソシストあたりになる。戦後もしばらく使われていたとは…
皆さんは上手く予想できただろうか。今回の記事は短めだがここまでとする。くれぐれも処刑されることのないように生きていこう。
あ、そうだ。調べている最中にちょっと面白い話を見つけたので紹介しよう。
ギロチンは正式名称を「ボワ・ド・ジュスティス (Bois de Justice)」といったらしいが、設計者アントワーヌ・ルイ(Antoine Louis)の名をとって「ルイゾン (Louison)」、「ルイゼット (Louisette)とも呼ばれていた…が、この装置を正式な処刑装置とする提案を議会でしたジョゼフ・ギヨタン (Joseph Guillotin)の姓からギヨティーヌ、ギロチンと呼ぶことに落ち着いていったという。
ちなみに本人はこのことが気に入らず、結局姓を変えたらしい。
参考文献: R. F. Opieによる書籍『Guillotine』